わくわくさんとゴロリの現在は?2人の設定・出会いの経緯と番組終了後の活動を徹底解説
NHK Eテレの教育番組を語るうえで欠かせない存在といえば、伝説の工作番組『つくってあそぼ』で名コンビを組んだ「わくわくさん」と「ゴロリ」です。赤い丸メガネとキャップがトレードマークのワクワクさんと、黄色いクマの男の子ゴロリが繰り広げる工作は、1990年の放送開始から2013年の最終回まで、多くの子どもたちを夢中にさせました。
2026年の現在でも、子どもの頃に親しんだ世代が親となり、世代を超えて2人の物語やその後の足跡が語り継がれています。長年愛された番組の設定や2人の出会いの経緯、そして番組終了後の活動や声優の中村秀利さんへの想いなど、今知っておきたい事実を詳細に紐解いていきます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:わくわくさんは20代後半のデザイナー、ゴロリは「5」の服を着た5歳のクマという明確な公式設定が存在する。
- 要点2:23年間の放送を経て2013年に番組が終了した後も、久保田雅人さんの工作ショーやYouTube、各種イベントで活躍が継続している。
- 要点3:ゴロリの声を23年間担当した声優・中村秀利さんの急逝後も、2人の深い絆と工作を通じたメッセージは色褪せることなく受け継がれている。
【公式設定の真相】わくわくさんとゴロリの年齢やキャラクター背景
子どもの頃は何気なく見ていた2人ですが、実はNHK公式の番組設定において緻密なバックストーリーが用意されていました。わくわくさん(表記:ワクワクさん、演:久保田雅人さん)は、世界をまたにかけて活躍するデザイナーという肩書を持ち、年齢設定は20代後半、一人称は「僕」と定義されています。手先が非常に器用で、身近な材料から次々と新しい工作を発明する頼れるお兄さん的存在でした。
一方の相棒であるゴロリは、茶色い丸耳と丸っこい体が愛らしいクマの男の子です。胸に大きく「5」と書かれた青い服を着ている通り、年齢設定は5歳。ちょっとおっちょこちょいで甘えん坊ですが、工作の腕前は大人顔負けで、時にはわくわくさんを驚かせる発想力を見せていました。
大人のデザイナーと5歳の子どもという世代を超えたフラットな友人関係こそが、子どもたちにとって親しみやすく、工作への好奇心を自然に引き出す絶妙なバランスを生み出していました。
【運命の出会い】ゴロリンコの丘にたどり着いた驚きの経緯
わくわくさんとゴロリがどのようにして出会い、相棒となったのかというエピソードには、ファンタジーあふれる設定が存在します。公式のストーリーによると、ある日わくわくさんが不思議な列車に乗り込んだことから物語が始まります。
その列車がたどり着いた先が、緑豊かな自然が広がる「ゴロリンコの丘」でした。そこで出会ったのが、まさにその丘で暮らしていたゴロリだったのです。言葉や種族の壁を越え、身近な素材を使って一緒に作って遊んでいるうちに意気投合し、2人はかけがえのない大親友になりました。
この出会いの設定は、番組内で直接こと細かに語られる機会は少なかったものの、オープニングの世界観や工作の舞台背景としてしっかりと根底に敷かれていました。「誰もが工作を通じてすぐに友だちになれる」という番組の核心的なテーマが、この出会いの経緯に象徴されています。
【歴代の足跡】『つくってあそぼ』23年間の歴史と主要データ
1990年4月の放送開始から2013年3月のレギュラー放送終了まで、足かけ23年間にわたりEテレの看板番組として走り続けた『つくってあそぼ』。その軌跡と基本スペックを分かりやすく対照表でまとめました。
| 項目 | 公式データ・詳細内容 | 備考・背景 |
|---|---|---|
| 番組名 | つくってあそぼ | 前身番組『できるかな』の後継としてスタート |
| レギュラー放送期間 | 1990年4月4日 ~ 2013年3月30日 | NHK教育テレビ(現・Eテレ)にて約23年間放送 |
| ワクワクさん役 | 久保田雅人(くぼた まさと) | 手元吹き替えなしで本人がすべて工作を実演 |
| ゴロリ(声) | 中村秀利(なかむら ひでとし) | 温かみのある声で23年間ゴロリを熱演 |
| 舞台・設定地 | ゴロリンコの丘 | 不思議な列車に乗って訪れた場所 |
| キャラクター設定 | ワクワクさん:20代後半デザイナー / ゴロリ:5歳のクマ | 世代を超えた工作仲間としての関係性 |
| 終了後の展開 | 『ワンワンパッコロ!キャラともワールド』、工作ショー、YouTube | 番組終了後もキャラクターとして継続出演 |
前身番組である『できるかな』(ノッポさん・ゴン太くん)が無言劇とナレーションのスタイルだったのに対し、『つくってあそぼ』は2人が軽快に対話しながら進めるスタイルを確立しました。この対話劇への転換が、工作の手順や工夫のポイントをより分かりやすく家庭に届ける大きな原動力となりました。
【最終回の理由と背景】なぜ2013年春に幕を下ろしたのか
2013年3月、23年間にわたるレギュラー放送が終了するというニュースは、リアルタイム世代のみならず多くの大人たちにも大きな衝撃を与えました。打ち切りのようなトラブルではなく、教育テレビにおける番組改編サイクルと、工作番組としての一定の役割完了が主な理由とされています。
長年培われた制作ノウハウは、後継番組『ノージーのひらめき工房』へとバトンタッチされました。最終回に向けては、ノージーたち新しい仲間との引き継ぎシーンも描かれ、長年視聴者に寄り添い続けた名番組にふさわしい、温かく前向きなフィナーレとなりました。
番組終了時、制作陣や出演者からも感謝の言葉が述べられ、視聴者の間では「子どもの頃の思い出をありがとう」「親になってからも楽しませてもらった」と、惜しみない拍手が送られました。
【声優・中村秀利さんへの想い】ゴロリに命を吹き込んだ23年
ゴロリの愛嬌たっぷりな魅力を支え続けたのが、声優の中村秀利さんです。洋画の吹き替えや多くのアニメで活躍されたベテラン声優であり、ゴロリの少しハスキーで温もりのある声は、中村さんの卓越した演技力によって生み出されました。
しかし、番組終了から約1年半後の2014年12月、中村さんは60歳の若さで急逝されます。この訃報に、久保田雅人さんはじめ関係者、そして全国のファンが深い悲しみに包まれました。スタジオ収録中、着ぐるみの操演と中村さんの声の芝居、そして久保田さんのリアクションが完璧にシンクロしていた現場は、まさに阿吽の呼吸だったと伝えられています。
久保田さんはその後も折に触れて中村さんへの深い感謝を語っており、23年間にわたって苦楽を共にした「ヒデさん」の存在は、今なお久保田さんの心の中で生き続けています。
【現在の活動状況】工作ショーやYouTubeで広がる新たな挑戦
番組終了後、2人の活動はそこで止まったわけではありません。久保田雅人さんは、番組放送中からライフワークとしていた「工作ショー」で全国各地のホールや幼稚園、商業施設を精力的に巡回しています。生で繰り広げられる圧倒的なスピードの工作と、軽妙なトークは現在も子どもから大人まで大人気です。
また、ゴロリ自身も引退したわけではなく、NHK BSプレミアムで放送された『ワンワンパッコロ!キャラともワールド』にゲスト出演するなど、着ぐるみキャラクターとして元気な姿を披露し続けてきました。
さらに近年では、公式YouTubeチャンネルなどを通じて、現代の子どもたちやかつて子どもだった大人たちに向けて工作の楽しさを発信。デジタル全盛の時代にあっても、ハサミと紙皿、のりを使って自分の手でものを作り出すワクワク感を届け続けています。
【わくわくさんゴロリ】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:わくわくさんの工作は本当に本人がその場で作っていたのですか?
A1:はい、すべて久保田雅人さんご本人が実演していました。手元のアップも別の専門家による吹き替えではなく、久保田さん自身が練習を重ねてノーカットに近い形で製作を行っていました。
Q2:ゴロリの着ぐるみの服に「5」と書いてあるのは何の意味ですか?
A2:ゴロリの年齢設定が「5歳」であることに由来しています。幼稚園の年中・年長児に相当する年齢設定であり、視聴者の子どもたちにとって等身大の目線で工作に挑戦する象徴となっていました。
Q3:番組終了後、ゴロリとわくわくさんが共演する機会はあるのですか?
A3:レギュラー番組終了後も、NHK関連の特別番組やイベントなどで共演を果たしています。また、久保田さんの単独工作ショーでもゴロリとの思い出話が語られるなど、2人の絆は現在も変わらず続いています。
まとめ:世代を超えて生き続けるものづくりの原点
『つくってあそぼ』のわくわくさんとゴロリは、単なるテレビ番組のキャラクターにとどまらず、23年という歳月をかけて日本のものづくり教育に多大な影響を与えました。牛乳パックや紙コップ、段ボールといった身の回りにある素材が、少しの工夫と想像力で魔法のように変身する過程は、今も多くの人々の創作の原点となっています。
時代の変化とともにメディアの形は変わっても、わくわくさんが見せる工夫の情熱と、ゴロリが無邪気に楽しむ笑顔は、これからも色あせることなく語り継がれていくはずです。